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東京高等裁判所 昭和39年(う)2485号 判決

本店

栃木県栃木市城内一七一〇番地

有限会社栃木合同精麦所

右代表取締役

増山新一郎

本籍ならびに住居

栃木県栃木市旭町五七七番地

会社役員

増山新一郎

明治三七年二月二六日生

右会社に対する法人税法違反、増山新一郎に対する法人税法違反、贈賄各被告事件について、昭和三三年五月二三日宇都宮地方裁判所が言い渡した判決に対し、右被告人両名の原審弁護人から各控訴の申立があり、差戻前の東京高等裁判所がいずれもこれを棄却する判決をし、次いで、最高裁判所第二小法廷が該判決を破棄して、本件を同高等裁判所に差し戻す判決をしたので、当裁判所は、審理して次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

差戻後の当審における訴訟費用は、全部被告人有

限会社栃木合同精麦所および被告人増斗新一郎の

連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人三輪一雄提出の控訴趣意書(同誤記訂正書および同補正書により訂正、補正したもの)記載のとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について。

所論は、要するに、原審判決(以下、原判決という。)は、原判示第一において、被告人増山新一郎が、被告人有限会社栃木合同精麦所(以下、被告会社という。)の事実上の代表者として、被告会社の業務に関し、売上げの一部を表帳簿から除外し、架空の経費等の支出を表帳簿に計上するなどの操作により被告会社の利益を秘匿し、昭和二八年五月一日から昭和二九年四月三〇日に至る被告会社の昭和二八事業年度の所得金額および法人税額につき過少な虚偽の確定申告をしたうえ、申告税額を納付し、もつて法人税九九四万二、八六〇円の納税を免れてこれを逋脱したとの事実を認定し、右所為を法人税法第四八条第一項の法人税逋脱罪に擬したが、原判決は、被告会社の昭和二八事業年度の所得金額を算定するに当つて、被告会社の資産中、(1)質権の設定されている一、九〇〇万円の定期預金、(2)岸商店に対する八万九、七五〇円の売掛金、(3)佐藤文吉に対する四八万円、三栄モータースに対する二〇万円および大山康に対する一〇万円の各貸付金ならびに(4)栃木県精麦株式会社に対する五〇万円の持株につき、いずれも時価による資産評価をすることなく、(1)の定期預金については、これに質権が設定されていることを認めながら、質権の設定によつて預金債権自体に消長をきたすものではないとし、(2)および(3)の金銭債権については、いずれも回収不能の事実が認められないものとし、また、(4)の関係会社に対する持株については、関係会社の破産等の事実が認められないものとして、債権金額または株式の取得価格をもつて資産評価をしたにとどまり、時価による評価損を損金に計上していないのであつて、この点において原判決には、時価による資産評価を規定した商法第三四条の解釈適用を誤まつた法令の適用の誤りがある、と主張するに帰する。

しかし、所論は、原判決の法令の適用の誤りをいいながら、その実質は、原判示第一の事実に原判決が適用した刑罰法規である法人税法第四八条第一項の規定につきその解釈適用の誤りをいうものではなく、原判示所得金額および法人税額につき虚偽の確定申告があつた事実を認定する前提として、原判示所得金額を算定するための資産評価をするに当つて、原判決が非刑罰法規である商法第三四条の解釈適用を誤つたことを主張するに過ぎず、刑事訴訟法第三八〇条にいう法令の適用の誤りの主張としては、控訴適法の理由に当らない(なお、昭和二四年七月経済安定本部企業会計制度調査会の中間報告にかかる本件当時の企業会計原則は、貸借対照表評価の原則として原価主義を建て前として、「貸借対照表に記載する資産の価額は、原則として、当該資産の取得原価を基礎として計上しなければならない。」ものとすると共に、前記(1)のごとき担保資産については、「特定の資産を債務の担保に供したときには、その旨を貸借対照表に付記しなければならない。」ものとして、担保に供されたことを理由に、特に時価による評価をすることを要しないことを明らかにしており、前記(2)および(3)のごとき売掛金等の実質的な回収不能を理由とする評価損の預金算入については、「受取手形及び売掛金に対する貸倒引当金は、それぞれ受取手形及び売掛金から控除する形式で、これを記載する。」「売掛金及び受取手形の価額は、債権額から正常の貸倒見積高を控除した金額による。」ものとして、たとえば、売掛金については、貸借対照表の資産の部に各個の売掛金の額を債権金額により記入すると同時に、実質的に回収不能な売掛金があれば、その売掛金の記載された同一資産の部に貸倒引当金の科目で貸倒引当金額を記入して控除し、その控除した金額を損金に算入する方法を予定しており、また、前記(4)のごとき関係会社に対する特殊等の投資の評価については、「投資は、市場価格の変動にかかわらず、原則として取得価額又は投資価値で記載する。」こととしているのであつて、原判決の説示するところを右の会計原則に照らしてしさいに検討すれば、原判決が、本件所得金額算定の前提として、前記(1)ないし(4)の各資産の評価をするに当り、原判決説示のごとき各事実関係を認定したうえ、評価計上のための控除科目設定の要否について判断していることが窺われるから、原判決の資産評価が、右会計原則に添つたものであることも明らかである。そして、右の企業会計原則は、それ自体法的拘束力を有するものではないにしても、企業の財政状態および経営成績に関して真実の報告を提供するための公正妥当な慣行を要約したものと認められるから、法人税法上も、右会計原則の基準および処理方法による資産評価は当然許されたものというべく、もとより、右の基準および処理方法に従う限り、形式上は、財産目録調製時の資産の価額が直接時価により示されない場合が生じ得ないではないにしても、実質的には必ずしも商法第三四条の規定するところに背ちするものとは認め難いので、かりに、所論のごとく、法人税法上の資産の評価が商法上の評価基準に従うべきことを前提としたとしても、原判決が、本件所得金額の算定に当つて、前記(1)ないし(4)の各資産の評価をするにつき、所論のごとく、商法同条の解釈適用を誤つたものとはいうことができない。)。論旨は理由がない。

同第二点の一、二(事実誤認の主張)について。

所論は、要するに、原判決は、原判示第一において被告会社の昭和二八事業年度の正規の所得金額判示のごとく認定するにつき、その前提として、右事業年度期末に被告会社が定期預金一、九〇〇万円を有していたもののごとくに認定したうえ、これを申告洩れとして被告会社の当期資産中に加算したが、当時被告会社が右金額の定期預金を有していた事実はなく、この点において原判決には、事実誤認の違法がある、と主張するに帰する。

しかし、原判決挙示の各関係証拠を綜合すれば、被告会社が、昭和二八事業年度の期末において、足利銀行栃木支店に対する合計八〇〇万円、第一銀行栃木支店に対する合計九〇〇万円および埼玉銀行栃木支店に対する合計二〇〇万円の各無記名定期預金(総計一、九〇〇万円)を有していた事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録ならびに証拠物を精査し、差戻前の第二審における事実取調べの結果を参酌しても、原判決には、この点の事実誤認の違法があるものとは認められない。すなわち、

(一)  まず、所論(第二の一)は、右各定期預金は、前記各銀行に対する被告会社の債務の担保に供され、流質約款により右各銀行に代物弁済として譲渡され、被告会社の昭和二八事業年度の期末には被告会社の権利に属していなかつたものである、というのであるが、前掲証拠によれば、被告会社の右各銀行に対する債務を担保するため、当該各銀行のため、右各定期預金に権利質が設定されていた(被害会社は、右各定期預金からその全額を担保とする金融の利益を得て、右各預金をその本来の用方に従つて利用している関係にある。)事実が認められるにしても、右各定期預金が、所論のごとく、流質約款により代物弁済として当該各銀行に譲渡されてしまつた事実はこれを認め難いので、この点の所論は採用することができない。

(二)  次に、所論(第二の二)は、原判決が被告会社の昭和二八事業年度の期末に被告会社の資産に属していたものと認定した足利銀行栃木支店扱い第二四回二〇〇万円。第一銀行栃木支店扱い第二八回一〇〇万円および同第二九回三〇〇万円の各無記名定期預金合計六〇〇万円中五六〇万円は、被告会社の代表取締役である被告人増山新一郎個人の預金であつて、被告会社の資産には属しないものである、というのであるが、前書証拠、特に原審証人栃木義明の供述によれば、右各無記名定期預金が被告会社の裏金を預金したものであつて、その資産に属することが明らかであるから、所論は前提を欠くものというべく、また、かりにしからずとするも、前掲証拠中原審証人白石利行作成の被告会社に対する昭和二八事業年度の更正決議書写および同修正貸借対照表を総合して原判決の説示するところを考察すれば、原判決が、右六〇〇万円の定期預金を被告会社に属するものとして、被告会社の昭和二八事業年度期末の資産として計上すると同時に、これに対応して、被告人増山からの借入金五六〇万円を過年度金額として認容したうえ、被告会社の右事業年度期末における借入金中にも計上して所得を算定していることが明らかであるから、たとえ、原判決が前記定期預金中五六〇万円の預金を被告会社の権利に属するものとして資産に計上したことが、所論のごとく、事実を誤認したことによるものとしても、原判示正規の所得算定上は、結局借入金科目により対応額において除算されている関係にあるから、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるということができないので、この点の所論も採用することができない。論旨は理由がない。

同第二点の三(事実誤認の主張)について。

所論は、原判決は、本件法人税の逋税額の算定に当り、被告会社の昭和二八事業年度期末現在における期中増加分の原料の在庫残高のうち、五一五万九、四〇〇円相当の原料の申告洩れがあつた事実を認定したが、原判決が右認定の基礎とした被告会社の原料関係帳簿の記載は不正確であり、特に原料受払帳(当裁判所昭和三三年押第四五六号の一〇)の帳簿止の同事業年度の原料の期末残高は、事際の在庫残高と合致しない過大なものであつて、原判決認定のごとき申告洩れの事実はなく、右原料受払帳の期末残高を実際の在庫残高として右事実を認定した原判決には、証拠の価値判断を誤認した違法がある、と主張する。

しかし、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、所論指摘の原判決認定の申告洩れの事実をも含めて、ゆうに原判決認定の原判示第一関係事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録ならびに証拠物を精査し、差戻前の第二審および差戻後の当審における事実調べの結果を参酌しても、原判決には、証拠の価値判断を誤り事実を誤認した違法があるものとは認められない。すなわち、所詮は、被告会社の前記原料受払帳の昭和二八事業年度期末における帳簿上の原料残高が実際の在庫残高に合致しない不正確なものであるとし、その根拠として、(1)右原料受払帳は、昭和二七年七月一日麦の統制が撤廃になり、残高零から記帳されたものであつて、当時被告会社に原料五、二〇〇俵余の在庫があつた事実については記載がないこと、被告会社においては、原料の在庫調査をしてこれを帳簿上の残高と突き合せることが行なわれていないこと、被告会社が政府の依頼で保管中の原料を無断で使用したこともあることなどの事情を挙げると共に、(2)右原料受払帳の帳簿上の昭和二八年事業年度期末における原料在庫高(未引取分のうち仕入のための支出のなされていないものを除く。)が実際の在庫残高と合致したものであるとすれば、同事業年度において被告会社が費消した原料の合計金額は、一億〇、三五九万二、二九八円となるのに対し、生産物の合計金額は、製品一億一、三二六万八、八七二円、副産物三、二七〇万四、四五〇円となり、これを、原料である玄麦の昭和二八年二月一〇日現在の政府売渡価格(平均五二・二キログラム当り一、六七二円、生産物である製品(押麦)の政府買上価格四五キログラム当り、二、〇一六円、同副産物()の市場価格一〇キログラム当り一五〇円をもつて重量に換算すれば、生産物の重量が合計四七〇万六、三六五キログラムとなるのに対し、これを生産するために消費された原料の重量が、生産物の重量を一四五万二、八六五キログラム(四、六二五万七、一五二円相当)下回わる三二五万三、五〇〇キログラムに過ぎないこととなるなどの算数上の不合理をも生ずることを主張するので、以下順次これらの点につき考究することとする。

(一)  まず、前記(1)の点につきみるに、原料受払帳(同押号の一〇)および原麦受入帳(同押号の一八)によれば、所論の原料五、二〇〇俵余の受入れ、払出しについては、被告会社の原料受払帳にその記載がなされていないことが明らかであると共に、右の証拠に、原審ならびに差戻前の第二審および差戻後の当審証人白石利行の供述、被告人増山新一郎作成の昭和三一年二月二二日付関東信越国税局長あて上申書、国税査察官白石利行各作成の被告会社に対する昭和二七年五月一日から昭和二八年四月三〇日に至る昭和二七事業年度分の更正決議書、同昭和二八事業年度分の更正決議書写および修正貸借対照表等をも併せ考えれば、被告会社に対する昭和二七事業年度分の更正決議において、(イ)被告会社が、昭和二七事業年度期首に公表外の原麦一、六八七俵(二七六万九、九六〇円相当)を保有し、これを同事業年度の期中に消費したことおよび(ロ)被告会社が、昭和二七事業年度の期中に原麦三、五五四俵(五八二万八、五六〇円相当)を公表外に仕入れ、同期中に消費したことがそれぞれ認容されていることが明らかであるので、これらの事実から、被告会社が、昭和二七事業年度の期中に、公表分の原料のほかに、右原料受払帳に記載されていない右(イ)および(ロ)の原料合計五、二四三俵(合計八五九万八、五二〇円相当)を消費したもののごとくにもみられないではないか、他方、右の証拠によれば、右原料五、二四三俵が前記更正決議において認容されるに至つたのは、国税査察官白石利行が、昭和三〇年一〇月ごろから被告会社の昭和二七、二八および二九各事業年度分の法人税についての査察を行なつた際、被告人増山において、前記原麦受入帳(同甲号の一八)の昭和二七年三月二三日から同年七月三一日(同日以後の記帳はなされていない。)までの右原料合計五、二四三俵を含む原料の受入れ関係の記載を示して、右原料五、二四三俵は、同被告人が個人として仕入れたうえ、昭和二七事業年度の期中に被告会社に提供して消費せしめたものであり、被告会社の所得の計算上除外されるべきものである旨申し立てたことによるものであつて、右白石においては、右原麦受入帳に原料の払出し関係の記載がなく、また、他の帳簿にも対応した記載がなされていないところから、被告人増山の右申立を措信し難いものとはしながらも、後日の紛議を避けるため、右原麦受入帳に基づき、被告会社の昭和二六事業年度に属する昭和二七年三月二三日から同年四月三〇日までの仕入原料合計一、六八九俵の記載部分については、前記(イ)の被告会社の昭和二七事業年度期首の繰越在庫高として認容し、また、被告会社の昭和二七年事業年度に属する同年五月一日から同年六月一日までの仕入原料合計三、五五四俵の記載分については、これを被告会社が、昭和二六事業年度からの繰越し現金の一部をもって、昭和二七事業年度に属する右の期間中に仕入れた前記(ロ)の原料として認容し、同時に、これに見合う金額を〈特〉仮受金の科目をもつて同事業年度の当期利益金から除算して、利益の繰越しを行ない、さらに、右(イ)および(ロ)の合計金額八六〇万六、五二〇円を、昭和二八事業年度分の所得の計算に当つて、〈特〉仮受金の科目を設けて期首現在積立金中に繰り入れることによつて、同事業年度の当期資産から除算することをも認容したのもであることが明らかである。そして以上の経緯に、原審証人栃木義明および同佐藤邦夫の各供述、原麦受入帳、原料受払帳、荷受帳(同押号の九)等の記載をも併せ勘案すれば、前記(イ)および(ロ)の原料がかりに存したものとしても、被告会社の昭和二七事業年度の期中に消費されて、昭和二八事業年度の期首在庫中には存しなかつたものと認められると共に、右(イ)および(ロ)の原料の受払い関係の記載を欠くこと以外においては、右原料受払帳の記載が前後を通じて正確になされ、仕入れ、加工委託および払下げによる受入れならびに払出しと共に、これらとは区別して、政府の保管委託による受入れについても、各個の受入高およびその合計残高まで明確にされており、さらに、実際の在庫残高との照合については、昭和二八事業年度の期末に近い昭和二九年四月九日被告会社の手持ち原料についての在庫検査が行なわれて(これに反する前記栃木および佐藤両証人の供述は、前記原料受払帳の記載に照らし借信できない。)、原料受払帳の記帳上の在庫残高が実際の在庫残高に合わせて訂正されていることが明らかであり、その後同月三〇日の期末までの記帳に誤りがあることを認めるに足りる証左も存しないので、右原料受払帳の昭和二八事業年度期末における原料在庫残高の記載が実際の在庫残高と合致した正確なものであることも明らかであるから、原判決が、被告会社の同事業年度の所得の計算に当つて、右原料受払帳その他原判決挙示の原料関係帳簿の記載を借信して罪証に供したのは相当であつて、所論のごとき違法のかどは認められず、この点の所論は採用することができない。

(二)  次に、前記(2)の点につきみるに、原簿ならびに差戻前の第二審および差戻後の当時における証人白石利行の供述、大蔵事務官白石利行作成の昭和四一年二月一七日付「有限会社栃木合同精麦所の法人税法違反被疑事件に関し、同会社の原料、精品等の受払関係調査書類」と題する書面、総勘定元帳(同押号の二)、秘売上帳(同押号の三、四)、荷受帳(同押号の九)、原料受払帳(同押号の一〇)、仕入日記帳(同押号の一一)、精品出入帳(同押号の一二、一三)、副産物帳(同押号の一五ないし一七)、売上日記帳(同押号の二七)、加工帳(同押号の二八)、栃木県精麦工業協同組合文書綴(同押号の二九)等を総合すれば、被告会社の昭和二八事業年度における原料の仕入れ、加工、売上げ等の経過が、一貫した帳簿体系のもとに正確に整理記帳されていて、原料受払帳その他の各関係帳簿に記載された同事業年度の期中における個個具体的な数字に基づき、右の帳簿体系に則して計算すれば、右事業年度の消費原料とこれによつて生産された生産物の間に所論のごとき不均衡を生じないことが明らかであつて、その間昭和二八事業年度の期中に右原料受払帳に記載された以外の原料が仕入れられた事実はこれを認め難く(政府の加工委託により受け入れた原料に伴う出目分については、その仕入れ原価を所得の計算上考慮することを要しない。)、差戻前の第二審証人今井嘉重および差戻後の当審証人竹下三武郎の各供述ならびに差戻前の第二審議定人今井嘉重および差戻後の当審鑑定人竹下三武郎の各鑑定の結果は、いずれも右認定を覆すに足りず、他に右認定を左右すべき証左は存しない。所論は、記録ならびに証拠物に現われた原料等の受入れから加工および売上までの具体的な経過を逐一辿つて個個の数字を検討することなく、原料の仕入価格および生産物の売上価格についても、帳簿上の個個の取引価格とは必ずしも合致しない、特定時期における政府の売買価格、市場価格を基準とするなどして算出された概算に基づき(所論の計算基準と計算方法によれば、被告会社の昭和二八事業年度の公表分の消費原料と生産物についても、数量的に甚だしい不均衝を生じ、原判示申告分の所得金額および法人税額さえ算出できない結果となる。)原判決の正しい認定を論難するものであつて、とうてい採用の限りでない。論旨は理由がない。

同第二点の四(事実誤認の主張)について。

所論は、要するに、原判決は、被告会社の昭和二八事業年度の所得の算定に当つて、被告人増山個人が仕入れて被告会社の消費に供した原料五、二四三俵の代金八六〇万六、五二〇円が、同事業年度の期末においても未払いとなつていた事実を看過し、被告人増山に対する未払金科目を設けて、右金額を負債に計上し、これを同事業年度の当期資産から除算することをしなかつたが、右は、証拠の価値判断を誤り事実を誤認したものである、と主張するに帰する。

しかし、原判示第一の事実および所論の点に関する原判決の説示を原判決挙示の関係証拠に照らして考察すれば、原判決が、被告会社の昭和二八年事業年度の所得の算定に当り、所論の原料合計五、二四三俵を被告会社の資金をもつてする過年度の仕入れにかかるものと認めたうえ、その価格合計八六〇万六、五二〇円を被告会社に対する〈特〉仮受金の科目をもつて、同事業年度の期首積立金中に繰り入れて、同事業年度の当期資産から除算していることが窺われるのであつて、ひつきよう、本件所得の計算上は、被告人増山個人において、所論のごとく、自己資金をもつて右原料を仕入れたうえ被告会社の消費に供したものと認めて、被告会社の被告人増山に対する右原料相当額の償還債務につき、同被告人に対する未払金科目を設けて右金額を被告会社の昭和二八年事業年度の当期資産から除算したと同様の結果となつている(所論のごとく、〈特〉仮受金による控除のほかに、さらに未払金による控訴をするがごときは、本件所得の計算上は許されない)ことが明らかであつて、かりに、右原料が被告人増山個人の資産で仕入れられたものとし、これを看過した原判決に事実の誤認があるものとしても、被告会社と被告人増山間に、右原料が同被告人個人の資金で仕入れられた事実が確定した場合は、経理処理上、〈特〉仮受金の金額は、被告人増山に対する未払金科目を設けてこれに振り替えられるべきものであるから、右の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいうことができないので、所論は採用することができない。論旨は理由がない。

同第二点の五(事実誤認の主張)について。

所論は、原判決は、原判示第一の事実を認定したうえ、これを法人税 脱罪に問擬したが、被告人増山には犯意はなく、この点において原判決には、証拠の価値判断を誤り事実を誤認した違法がある、と主張する。

しかし、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、犯意の点をも含めて、ゆうに原判示第一の事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録ならびに証拠物を精査し、差戻前の第二審および差戻後の当審公判廷における事実取調べの結果を参酌しても、原判決には、証拠の価値判断を誤り事実を誤認した違法は認められない。すなわち、原判決挙示の関係証拠、特に被告人増山新一郎の原審公判廷における供述、原審証人栃木義明の供述、被告会社作成名義の被告会社の昭和二八事業年度法人税確定申告書謄本(添付書類を含む。)によれば、被告人増山が、被告会社の運転資金を公表外に積み立てる意図もあつて、経理担当者栃木義明に対し、裏帳簿を作成すると共に、表帳簿から被告会社の売上げ、売掛け等の一部を除外し、また、表帳簿に架空の仕入れ、旅費、接待費等を計上するなどの方法による二重帳簿の操作をして、被告会社の利益の一部を秘匿するよう指示したこと、栃木義明が、右指示に従い、裏帳簿である秘売上帳、別口の金銭の出納帳、別口の売掛帳、貸売帳(同押号の三ないし五、七、八)等の記帳をすると共に、前記の方法による二重帳簿の操作を行ない、その状況につき、日日これを被告人増山に報告していたこと、被告人増山が、栃木義明を通じて税理士に昭和二八事業年度の被告会社の表帳簿のみを資料として提供し、これをして同事業年度の被告会社の法人税確定申告書に所要の数字を算定記入せしめ、みずからこれを承認して署名押印したうえ、右申告書を所轄の栃木税務署に提出したことなどの事実が明らかであつて、これらの事実からすれば、被告会社の昭和二八事業年度の法人税確定申告書の作成に当つて、被告人増山において、右のごとく被告会社の表帳簿のみによつて所得を算出すれば、当然所得金額および法人税額が過少に算定されるに至ることおよびかようにして過少に算定された所得金額および法人税額を記載した法人税確定申告書を所轄税務署に提出して申告税額を納付すれば、裏帳簿をも資料として正規に計算した場合の法人税額との差額を逋脱する結果になることを認識していたことを認めるに十分であるから、同被告人が本件法人税逋脱の犯意を有していたことは明らかであつて、被告人増山の原審公判廷における供述中右認定に添わない部分は措信し難く、他に原判決の認定を左右するに足りる証拠は存しないので、所論は採用することができない。論旨は理由がない。

よつて、本件各控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりいずれもこれを棄却し、差戻後の当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一項本文、第一八二条に則り全部被告会社および被告人増山に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

検事 古谷菊次 出席

(裁判長判事 石井文治 判事 山田鷹之助 判事 山崎茂)

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